こんばんは。

岡崎市議会議員の小田たかゆきです。

今日はひさびさに翔南中学校の「読み聞かせ」に参加してきました。小学校の読み聞かせとは違い、年に2回だけ開催される中学校の読み聞かせですが、小学生と違い、相手の理解度も高いであろう中学生が相手となると、なんとなくこちら側の緊張度も格段に上がるこの企画ですが、今回は連絡の行き違いで急遽の参戦となってしまい、普段は一人で行うものが、今日は他の方との合同となりました。

とはいえ、結果的に、他の人が行う読み聞かせを見学することができ、これが大変勉強になるとともに、さまざまな企画を繰り出すその方の準備の凄まじさを垣間見て、あらためてしっかりと取り組まないといけないな〜と感じる機会を得ることができました。

ありがとうございました。

さて、読み聞かせとなれば、本を読む機会の構築、です。

これについては学校図書館の充実、というテーマでこの3年間議会で取り組んできたテーマのひとつであり、それについてはまだまだ道半ばなわけですが、せっかくの機会ですので、なぜそんなことを言っているのかを、あらためて考えようと思い以下、駄文を記します。

巷間では本を読むという行為の効用的な側面が主張されるものです。

読書量とテストの点数の相関関係を論じた研究もあり、現実を動かすという意味では、そちらの方向からの説得もそれなりに大事なんですが、わたしとしては、そういうことよりも、他者と向き合う力、なんとか生き抜いていく力を得るために本に向き合うという経験が必要ではないのか、そう思い、主張してきているところです。

そういう力が必要だと思う背景には、これからのことがあります。

かつては、生き方の指標があると言われてきました。

「大学へいき、それなりの会社に就職。男性ならば、終身雇用の会社で働き、その間そこそこの年齢で結婚、出産。マイホームを購入しつつ、会社に勤め上げ、定年。退職金と3階建ての年金で、夫婦二人、子どもや孫に囲まれ、たまに町内のお役を引き受けつつ、幸福な老後をおくる。女性であれば短大、大学へ進学。いい人と巡りあい寿退社。マイホームを我が城としながら、子宝に恵まれ、専業主婦として子育てに邁進。あとは夫と、以下同文」

といった、昭和人生双六ともいわれるこの指標が、ほとんど崩壊したと指摘したのは、経産省のペーパーだったと思いますが、それはそのとおりで、幸福へのロールモデルはとうの昔に失われている現代において、幸か不幸か、わたしたちは一人一人が都度与えられた環境のなかで、自ら判断して、行く末を決めていくことが求められています。その一方で、そのひとつひとつの選択が結果的にどのような結末を迎えるかを誰も見通せすことができない時代となっています。

そういうった大変に見通しの悪い時代において、逆説的ですが、他者との出会いが、大変重要になるのではないかと思っていたりします。

うん。長くなりそうです。

逆説的だといったのは、見通しが悪い時代だからこそ自分で決めるしかないと言っておきながら、だから、他者との出会い、本だとかいっちゃってるからなのですが、というのは、自分で決めているようで結構他人からの影響でみんな行く末を決めているからではないかという予感があるからなのですが、これ以上はとても長くなりそうで、本日は諦めます。笑

中学生への「読み聞かせ」をしつつ、そんなことを考える日々でした。

話しは尻切れトンボで申し訳ないのですが、

それでは、また。

-------
Line公式アカウントなどさまざまなSNSで、岡崎市内の情報や議会での活動を発信しています。
ぜひ、ご登録お願い致します。

友だち追加