こんばんは。

岡崎市議会議員の小田たかゆき(@odatakayuki1984)です。

岐阜市の教育長の発言が話題となっていました。

岐阜市でおきた中学3年生のいじめによる自殺をうけ、議会の場において教育長自らが「学校は命をかけてまで行く所ではありません」と答弁したというものです。

全ての答弁内容やどのような流れのなかでこの発言がなされたかを知り得る立場にないゆえ、軽々に判断はできませんが、教育長がそのような発言をしたことは評価されることではないかと思います。

いやなものからは逃げること。「やばい」と思う直感には素直に従うこと。発汗非常、動悸などの身体の不調を来らすなにかには近づかないこと。

サッカーをしていて学びましたが、だいたい「やばい」とおもったら絶対にそこへ進むのは悪手です。この直感がないとミスして、結局はボールを奪われることになります。

危険な状況を回避する直感を磨き上げるのは人間である前に動物としての基本です。犬は「やばい」と思えば吠え、それが通じなければ「きゃん」と声にもならぬ声を出し、逃げ出します。

不確定な要素に満ちた自然界にで生き抜くには必要なスキルです。

ただ、どうしても止むに止まれず脱出が困難であるのなら、それをくぐり抜けたあとに自らへの報酬をあらかじめ準備しておくのが一案です。甘味でも、ゲームでも、マッサージでもなんでもいいですが、大切なことは、そこを潜り抜けたあとにゆったりとリラックスしている自分の姿を想像することです。

これは一方から他方へ単線的に流れる時間軸に身を委ねるのではなく、未来のある一点から遡及的に現在を眺めることで、「いま、ここ」を相対化し、想像的にではありますが、危機的な状況下の外側へ身体を置くことができるからです(たぶん)。これは人間にだけできる能力です。

変な話しになってしまいました。忘れてください。

さて、この教育長のコメントはネット上を一瞥しても、概ね好意的に受け止められており、「あたりまえのことだけど、教育長という立場の人間が公的な場でこの発言をしたことが大きな意味をもつ」「これにより救われる子どもがいるはずだ」「加害者にも言及してほしかった」などのコメントが寄せられていました。

岐阜市が今後、どのように具体的な制度を整えていくのかはわかりませんが、トップに立つものの姿勢がおおきな指針になることは間違いありません。


本市においても、残念ながらいじめ、不登校の問題は歴然と存在しており、日々、それに苦しめられている子ども、児童、生徒、保護者のかたがいます。

いじめまたはそれに起因する不登校は、学校の雰囲気づくりから、教職員の体制、被害者の保護、ケア、加害者への教育、ときには厳重な対処、また学校以外の居場所、不登校の当事者が繋がれる場、人の受け皿づくりなど、必要なことは多岐にわたる課題が横たわっています。

このような課題の解決は、もちろん、学校現場や教育委員会のたゆまぬ努力に加え、法律や制度の不備、不足している予算など多方面にわたるものがあり、わたしの立場からも微力ながらできることはしていきたいと思います。

それでは。



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