朝は愛知県知事選挙に出馬されている大村候補の応援にいきました。
2019-01-29 08.22.25
どの季節の選挙も大変だとは思いますが冬の選挙は体の芯で冷えることとなります。そんななかでも精力的に若い人にも声をかけ訴えていらっしゃいました。

長い選挙戦も終盤戦です。最後まで健康にご留意して頂き頑張って頂きたいと思います。

その後は議会広報委員会のため市役所に。今回の議題は議会報の表紙写真の編集方法と一般質問の問答を議員の裁量で編集していくことについてでした。

概ね3月議会を載せる次回の議会報発行からその方向性で進んでいくことになりそうです。

当委員会は議会報を含めはいかに市民のみなさまへ情報を差し出すことができるのか、また親しみやすい身近な議会にしていくかを目的としつつ、目的達成のための手段を議論、実行していく委員会だとわたしは捉えています。

が、一つの疑問はそもそも議会報はどれほど読まれているのか…というとことです。

みなさんはどうでしょうか。

年4回全戸配布される議会報「議会だより」をどれくらいのかたが中をパラパラとでもいいので眺めていただいているのでしょうか。

ご意見を頂ければと嬉しいです。

というのは、表紙デザインの変更、編集方法の転換を行うのは多くのかたが手にしてもらうことを目的としてのことですが、現状どれほどの需要があるのかがわからないというのが正直なところです。

お願いいたします。

午後からは西三河9市の議員が集まる合同の研修会のため碧南に伺いました。
「日本のこれから、日本人のこれから」と題された今回の演題。

わたしなりにまとめると、氏は、日本のお家芸は文学、芸術、数学、理論物理にあり、その土台の上にテクノロジーをはじめとした産業を興し豊かな社会を手に入れた。ただ、この文学をはじめとしたお家芸は元来より日本人が理よりも美に育てる伝統、環境に慣れしできたからこそ根付いたが、いまそれが急速に失われようとしています。

これに抗うには、議員は「農家をヘコ贔屓」することだと喝破されていました。農業とは食料自給率を高めるというだけではなく、風景をつくり、春夏秋冬花鳥風月を愛でる日本人独特の感性を養う風土をつくりあげる存在だからだということです。

国破れて山河あり。山河あれば国興る。

そういうことなのかとふと感じました。

立場的にこんなおおきな話をするのは恐縮ですが、事のついでなので触れておくと、先生のお話しを詮ずるに、グローバル化や新自由主義へ対抗するのは健全なナショナリズムの構築ではないかという議論ではないかと思うのです、残念ながらこれといった見通しが立つほどの能力は、わたしにはありません。

ただ、少なくとも領土による線引きとその内側にいる人々を象徴的な秩序により統制をはかるナショナリズムにより、領土や象徴的な秩序ではなく貨幣と商品の交換のみを原理とする市場を基礎にしたグローバリズムを抑制することは、人の持つ欲求、欲望を観念により抑制することであり、幾度となく人類が宗教や哲学をとおし伝えてきたことではあると思うのですが、果たしてそれほどまでに人は高級な生き物なのだろうかといささか考え込んでしまうものです。

むしろ資本主義の内側から、道徳や倫理を構築する方途のほうが、プログラムとしていいのではないかと思うのですが、どうなのでしょうか。

すいません。なんだかわけのわからない話しですね。

書いているこっちもわかっていません。笑


それでは、本日はここまで。

また。