新聞を読まない。

そう至る所で言われています。今日たまたま眺めた記事でもそんなことが書かれていました。
さらっと読んだ感じでは、新聞発行部数の急激な減少とともにSNS等で細かなターゲット設定が可能な広告媒体の出現により広告収入が激減していることを挙げ、新聞社の経営が一層厳しくなることで、いままで民主主義の根幹を支える良質なジャーナリストの供給元であった企業が衰退することに警鐘を鳴らしています。

新聞社がジャーナリストを育ててきたかどうかはわたしにはわかりませんが、これを読みつつあらためて情報をどこから、どのように得るのかは過渡期なんだと感じた次第です。

みなさんは新聞派なのでしょうか。それもとネット派でしょうか。もしくは両方という方もいるのかもしれません。

情報源としての新聞の優位性でよく挙げられるのは、ベタ記事だけではなく掘り下げた記事が記載されていること、幾重もの編集過程を通過したものであること、それに付随してですが、扱われるデータや事実関係の裏付けが性格なことがあるとされています。

また、新聞という媒体の特性として、一覧性、構成による記事の重み付けもあるのかもしれません。

ぱっと開いて全体を見渡すことができ、自己の関心の外側にあるニュースを半ば強制的に視界へと写すことができるのは、ネットと比較して圧倒的に優れているはずです。

また、構成による重み付けは、情報を素早く処理しようとするさいは大変役立つものです。

他方で、よく比較されるネットは、速報性はもちろんのこと、キュレーションサイトの発達によりこちらが興味のある情報を集め差し出してくれる機能や、文字数制限がなく論文とはいわないもでも重厚な論考を読むことも可能です。

もちろん、その場で興味のあるサイトへ飛ぶことができるなど、深掘りしていきたいさいは新聞ではめんどうなことも、クリック一つで探すことができます。

こんなところがよく二つの媒体の比較で出てくる特徴なのではないかと思いますが、いつも思うのは消費者としては両方うまく使えばいいよねというところ。

とても簡単に割り切れば、価値があれば対価を払うし、なければ払わない。それだけのことだと思っています。

そう言いつつも、わたしは両方で情報を得ており、双方へ対価を支払っているのですが、それはとりあえず価値があるからだと思っているからです。

書き手から見れば、どの媒体で書くのか、どの媒体が生き残るのかは死活問題なのかもしれませんが、読み手にはそんなことあまり関係ないはずです。

なんか乱暴な議論になってしまいましたが、情報の価値は読み手が決めるものであり、その媒体がどうであるかは時代の変遷とともに変わるとしか思えません。

それでは、また。