今日の午後から「六ツ美悠紀斎田お田植えまつり」が執り行われました。

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あらためて「六ッ美悠紀斎田お田植えまつり」とは、

大正4年、大正天皇即位の大嘗祭を行うにあたり儀式に用いる新米を収穫するために京都より東日本を悠紀(ゆき)、西日本を主基(すき)として、斎田が選定されました。悠紀斎田に岡崎市中島町(旧碧海群六ッ美村大字中島字丸の内)、主基斎田に香川県(旧綾歌群山田村)の田が選ばれ

たことに端を発し、今年で103回目を数えるこの地域での伝統的なお祭りです。

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神道と稲作が不可分な関係であることをいまさら指摘するわけではありませんが、お田植え唄にあわせて田植えをする保存会の方の象徴的な行為を観るにつけ、かつてこのあたりのそこかしこで、腰を曲げ、唄を口ずさみながら、田植えに励んでいた農村があったことを想像させます。

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農村と聞くと、重労働に加え重税を負わされた暗い共同体を安易に想像しますが、少なくとも江戸末期から明治維新にかけての農村はそうではなく、飢えはなく、馳ける子どもたちは屈託ない笑顔を見せ、あらゆることに好奇心を持つ大人が暮らす共同体だったされています。

稲作という生業それ自体を儀式にまで彫琢するには、今日のような突き抜ける空の下で、愉しく唄を口ずさみ田植えを繰り返した民がいたからであり、そのことに思いを馳せたとき、なぜだか祈る思いになったことはそっと秘しておくべきことなのかもしれません。

しかし、あえて申し上げれば、これこそが郷土愛だと想うのです。これを持つことは大切です。

でも、それは強制されるものではなく、ましてや他者に誇示するために掲げるものではありません。

悠久の時に触れ自然と静かに沸き起こる思いに寄り添うその先に抱くなにかです。

そして、このような静かな感情で結ばれた共同体だけが、矛盾するようですが、強固な絆と寛容なこころを築くことができるはずです。

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さて、明日からも6月議会は続きます。

わたしは金曜日の朝一に質問に立つ予定ですので、ぜひともご注目いただければ幸いです。

それでは、また。